縄文-八咫烏より聞いた「相撲」

二男:ねえ、、ねえ、、相撲の土俵ってなんだと思う? 
私 :相撲の土俵? 四角い土俵の中に円い綱が張ってあるよね、、 
二男:うん、そう、あれ 
私 :あれ、、結界じゃないの? 
   ほら、昨年夢に見たって言ったじゃない、アタシが土俵の綱を外した、、夢、 
二男:そうだっけ? 


丁度1年前の2018年7月5日に見た夢が「土俵」でした。 


海を背後に洞窟があり、洞窟内に入ると中央に土俵がありました。 
土俵に固定された綱は古く手にとると簡単に土俵から外れたので、 まとめた綱を土俵に置き、洞窟から出ていく夢でした。 
夢の中の自分は、本来綱は解いてはいけないけれど、 解く時が来た、、これでいい、これで間違いないと考えていたので 結界を外したメッセージかもしれない ~ 目が覚めた時に認識しましたが その3ヶ月前の2018年4月4日 救命処置のため土俵に上がった看護師に対し、 女人禁制を理由に土俵から降りるよう館内放送で警告した事が問題となりました。

 女人禁制は、土俵に女性が上がると女神が嫉妬する理由らしいのですが、 
人間の命 VS 嫉妬深い女神のご機嫌取り 
どっちを選ぶか自分も看護師だったので米粒大悩んだ結果、前者でした 

相撲の由来は 出雲の国譲りのため天照大御神の命を受けた 鹿島神宮の神(たけみかづちのおおかみ)と香取神宮の神(フツヌシ)が 出雲の神ー建御名方神(たけみなかたのかみ)と相撲で勝負。鹿島の神が勝ち平和的に国譲りを成功させた 

鹿島と香取の神が相撲の由来となっていますが、これに似た逸話が旧約聖書、ヤコブが神の使いと相撲を取り勝った出来事があります。 

鹿島・香取の神を由来に大相撲は神事の位置づけで執り行われていると思っていましたが、現実は、相撲といえば「富岡八幡宮」です。             

富岡八幡宮についてWIKIより
~ 富岡八幡宮は1684年(貞享元年)に初めて寺社奉行の許しを得て勧進相撲が行われた江戸勧進相撲(現在の大相撲の前身)発祥の神社として知られ、現在でも 新横綱誕生の折には境内で奉納土俵入りなどの式典が執り行われるほか、相撲にまつわる数々の石碑が建つ~


江戸時代の勧進相撲がルーツとなっており、歴代横綱の参拝や石碑を見ると大相撲はこことの縁が深い事が解りますが、富岡八幡宮には嫉妬の女神に関する由来はありません。 

商業ビジネスは江戸で、女人禁制は神話を由来に、、大相撲って都合の良いとこ取りって感じでいけ好かないなあ。 

大相撲と懇意の富岡八幡宮は2017年師走、宮司の長女を元宮司の弟が日本刀で刺殺後、自ら愛人と共に自殺する凄惨な事件がありました。日本刀といえば聖剣の神=鹿島・香取神宮の神です。因果のような複雑な気持ちになりました。 


私 :土俵って結界じゃないん? 

二男:うん、、あれね、、家を建てる時に土台を作るでしょ? 
私 :うん、、そういえば、、そうだね、、今はコンクリートを流し込んで土台を作るようだけど、
   昔はコンクリートなんかないだろうし、土を固めて土台を作ったんだよね。 
二男:そう、、その土台が“土俵”になったんだって、、 
私 :へえ、そうなんだ、、納得、、そうなんだね 
二男:ほら、八咫烏が土地の人達に家の建て方教えたって言ったでしょう? 
   教えながら家を建てていたんだって、 
   それで、土台を作った時、みんなでお祝いしたんだって、、 
私 :誰と? 
二男:八咫烏と土地の人達で、、集まって、、 
私 :そうなんだ、、棟上げかなあ、、家の支柱が完成した時点で、土地を清めるため神主さんにお
   祓いしてもらうよね、、その時、お餅投げるよね、、 
二男:柱の時じゃなくて土台(土俵)が出来た時にお祝いしたんだって、、 
   お祝いの時、縄文-八咫烏(縄文神人)が土地の人達と相撲をとっていってさ。 
私 :ああ、、そうなんだ、そうだよね、、柱あったら邪魔だしね、

二男:遠くから見たよ、
私 :え? 見たの
二男:うん 
私 :どんな格好していたん?
二男:白いフンドシだった、
私 :二人とも? 神さんも?
二男:いいや、八咫烏は着物っていうのかな、、白い着物みたいのを来ていた
私 :へえ、着物に似ているけど、、足までの長さ?
二男:いいや、膝、くらいかな、、下はズボン、、黒い、、
私 :じゃあ、着物みたいな上着だったんだ、、
二男:うん、、
私 :どんな感じだった? 年は、、
二男:年は20~30才位に見えたよ、遠くからなんで顔はよく解らなかったけど、若くてカッコいい
   感じだった、、
私 :村の人はフンドシで八咫烏は上下の着物で相撲をとってたんだ
二男:うん、村の中で一番強い人だって、、対戦相手、、
私 :へえ、で、、どっちが勝ったん?
二男:簡単に勝ってたよ、
私 :八咫烏が?
二男:村の人、、八咫烏の人、簡単に押し出されていた
私 :そうなんだ、村人の方が強かったんだ、、
二男:うん、、あ、、思い出した、、八咫烏が着ていた洋服、、襟のほうに模様があった、、
   どっかで見た覚えがあると思ったらナルトだった、、

私 :ナルトのデザインに似ているんだ、、
二男:うん、、髪も侍みたいな感じじゃなかった、、短くて

二男にナルトで該当する衣服を探してもらいました。以下

私 :なんか、今風で古臭くないよね
二男:うん、今でもおかしくない感じの服装だった
私 :うん、縄文って家の建築なんか今と変わらない感じかもね、、
二男:自分は遠くからしか見えなかったけど、その時に女神さんも一緒に見学していたんだって、、私 :え?女神って本当にいたの? 
二男:うん、いたんだって、、 
   お祝いで八咫烏と人間が相撲をとっているのも、女神さんも見学していたんだって、 

私 :へえ、本当だったんだね!
   じゃあ土俵の女禁止って伝説、、ここから来たんだ、
   で、嫉妬深い女神だったん? 

二男:さあ、、そこまで聞いていない、、 

私 :女神って誰なんだろう? 天女かしらね、 鶴の恩返しや羽衣の伝説がある、、 
二男:うん、そうかも、、 
私 :つう事は、今の大相撲は神事としながら、人間と人間の相撲でお金をとっているよね、
   でもそういった事、八咫烏は望んでいないよね、、 
二男:うん、、そう思うよ、、お祝いなんだからさ、、 



まとめ 

・相撲の起源は縄文時代 
・土俵は家の土台 
・縄文八咫烏が土地の人に家の建築方法を教えながら家を建てていた。 
・土台(土俵)が出来た時、八咫烏や土地の人達でお祝いをした 
・その時、縄文の神と土地の人達が土台(土俵のうえ)で相撲をした 
・お祝の時には女神が参加し、相撲を見学していた 

家の土台を皆でお祝いしていた様子を聞き、縄文時代は、神と人との距離が身近だったから相撲も自然体で楽しめたんだろなあと思いましたが、女神の相撲見学は眉唾ものだと思っていたので驚きました。




 

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